「旨い時間」を過ごすために…


アーティストのカウンターまでには2枚のドアがあります。

さらに、ドアとドアとの間には10歩分ほどの廊下と、小さな踊り場のある階段。

この、時間にして10数秒の行程をやり過ごして店内にお入りいただくには、好奇心や期待感、あるいは癒しへの欲求や喧噪からの退避、ときには厭世観や諸々からのやけっぱち感に至るまで、さまざまな援軍が少しばかり必要となってきます。

 

ところが、それら援軍の甲斐もなく、最後のドアを開けずに途中でお帰りになるお客様がたくさんおられるのです。最初から最後まで気配は感じ取っています。ドアの前で躊躇されているのもわかっています。でも、私からドアを開けることは絶対にありません。

 

ご自身の手で開けてもらってナンボなのです。

 

弊店のみならず、BARへのアプローチはバリアフリーではありません。

見えないハードルをひとつふたつ施した、言わばバリアフルなものになっています。

それは、グラスを傾けたとき、充実感とともに「旨い時間」をグッと感じていただきたいために、BARという文化が仕掛けた遊び心なのです。せっかくですから、少しばかりそれに付き合ってやって下さい。

 

BARでは「カッコいい飲み手」であって下さいね。

「カッコいいと言われても…」

御心配には及びません。普通に過ごしていただければいいのです。

普通という概念は、「見栄」も「虚勢」も「傲慢」も、「独りよがり」も「無粋」も「はた迷惑」も、すべて軽く笑い飛ばしてしまいます。

 

普通に「空間の雰囲気」と「他の客」に最低限の配慮ができたなら、もうそれだけで「カッコいい飲み手」なのです。そして、この「カッコいい飲み手」にだけ「旨い時間」が担保されるというのはお察しの通りです。

 

 

それでは、今宵もアーティストで皆様のお越しをお待ちしております。